東京地方裁判所 平成10年(ワ)6331号 判決
原告 川合洋子
原告 川合大輔
原告 川合俊輔
原告 川合樹理
右四名訴訟代理人弁護士 戸田信吾
被告 全国養護共済会
右代表者理事長 早川一男
右訴訟代理人弁護士 田中和義
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告川合洋子に対し金七五〇万円、同川合大輔、同川合俊輔、同川合樹理に対しそれぞれ金二五〇万円及びこれらに対する平成九年九月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、全国養護共済の名の下に会員から掛け金を集め、会員が死亡した場合に遺族に給付金を支払う契約をしていた被告に対し、会員の遺族である原告らが死亡による給付金の支給を求めたところ、被告は会員の告知義務違反を理由に支払を拒絶している事案である。
一 争いのない事実等(証拠により認定した事実は当該証拠を掲記した)
1 被告は、全国養護共済の名の下に、会員から掛け金を集め、会員が死亡した場合等に一定の金員を支払う旨を約する契約(共済契約)を行っている権利能力なき社団である。
2 故川合美樹夫(以下「美樹夫」という)は、妻である原告川合洋子(以下「原告洋子」という)を代理人として、平成六年二月一日、被告との間で、掛け金月額一万九六〇〇円、美樹夫が病気で死亡した場合にはその法定相続人が一五〇〇万円の給付金を法定相続分の割合に従って取得するとの内容の契約を締結し(以下「本件共済契約」という)、被告の会員となった。
3 美樹夫は、平成七年八月一八日、胃癌のため、死亡した。
4 原告洋子は美樹夫の妻であり、他の原告らは美樹夫の子である。
5 原告らは、美樹夫の死亡にともない、被告に対し、死亡給付金一五〇〇万円の支払を請求したが、被告は次の理由から支払を拒絶している。
すなわち、本件共済契約においては、加入しようとする者は、加入時前五年間に疾病した病名を、被告に対し、告知すべきものとされており、故意又は重過失により告知しなかった場合には、被告は本件共済契約を解除し、死亡給付金を支給する必要がないことが規定されている(甲一〇)。被告は、美樹夫が本件共済契約締結直前である平成五年一一月に、西クリニックで膵炎と診断され、それも早急に手を打たないといけない状態であることを通告されていたにもかかわらず、これを被告に告げなかったことをもって、告知義務違反と捉え、本件共済契約を解除し、死亡給付金の支払を拒絶している。(甲一一、乙三、四、六、弁論の全趣旨)
二 争点
本件の争点は、美樹夫に本件共済契約締結に当たり、告知義務違反があったか否かという点であり、この点の当事者双方の主張は次のとおりである。
(被告の主張)
1 告知義務の存在についての原告洋子の認識
被告の勧誘員(協力員)である高橋節子(以下「高橋」という)は、平成五年一二月、美樹夫の代理人である原告洋子に対し、パンフレットを見せながら本件共済契約の保障内容等を説明しているが、いずれもその中で、これまで大きな病気をしたり、医者から治療が必要だと診断されていたりすると契約に入れないことを告げた上で、美樹夫の健康状態について尋ねている。したがって、美樹夫の代理人である原告洋子は告知義務の存在を十分認識していた。
2 告知義務違反の存在
美樹夫は、本件共済契約申込みの直前である平成五年一一月五日、「上腹部の強い痛みと動悸を訴えて」西クリニックに通院し、翌六日「膵炎」と診断され、薬の服用と翌日の来院を指示され、その後同月八日再び通院している。その過程で西恵吾医師(以下「西医師」という)からかなり重い症状であり、さらに精密な検査をして治療をすることが必要だと言われている。そして、原告洋子は、そのころ、右事実を娘あるいは美樹夫本人から聞いて知っていた。
しかるに、原告洋子は、高橋から前記1のとおり美樹夫の健康状態を聞かれたのに対し、「風邪で医者にかかった以外は、眼科と歯科にかかったくらいで他は一切ない」と答えており、告知義務違反があったことは明らかである。
(原告らの主張)
1 告知義務についての原告洋子の認識
(一) 原告洋子は、高橋から告知義務の具体的な内容を何ら説明されておらず、告知義務の存在を知らなかった。
(二) また、仮に、高橋が原告洋子に前記被告の主張1のとおり告げたとしても、その内容は極めて大雑把であり、不正確である。このため、高橋の説明を聞いた者としては、重大な病気(癌、心臓病等)しか思い浮かばない。被告が本件で指摘する膵炎は、継続して痛み等の自覚症状が伴わないものであるから、高橋の説明した「大きな病気」に該当するとは到底判断できない。
以上のとおり、美樹夫及びその代理人である原告洋子は、告知義務の存在及びその具体的な内容を知る機会がなかったのであるから、告知義務違反の前提を欠いており、そもそも告知義務違反を問題とする余地はない。
2 告知義務違反の不存在
美樹夫の罹患した膵炎は、急性膵炎であり、その程度は軽微なものであった。このように美樹夫の膵炎は何ら生命に危険を及ぼすものではなく、告知義務の対象となる病気ではなかった。
第三争点に対する判断
一 告知義務の存在についての原告洋子の認識
1 前記争いのない事実等5によれば、本件共済契約においては、加入しようとする者(美樹夫)は、加入時前五年間に疾病した病名を、被告に対し、告知すべきものとされており、故意又は重過失により告知しなかった場合には、被告は本件共済契約を解除し、死亡給付金を支給する必要がないことが規定されていること(以下「本件告知義務」という)が認められる。
2 ところで、原告らは、被告の勧誘員であった高橋が本件告知義務の存在を説明しなかったか、あるいは説明したとしてもその説明が大雑把、不正確なものであったため、美樹夫の罹患していた膵炎が告知義務の対象になる疾患であると認識することができなかったと主張するので、まずこの点について検討する。
3 証拠(甲二、乙一、二、八、九、証人高橋節子、原告洋子本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告の勧誘員(外交員)をしていた高橋は、平成五年一一月ころ、向井たみ子(以下「向井」という)の紹介で原告洋子と知り合った。高橋は、向井を通じて原告洋子から、被告の共済契約について詳しく説明してもらいたいという申入れを受けた。そこで、高橋は、平成五年一二月九日、原告洋子と会い、同女に対し、被告の行っている共済事業について詳しく説明し、その際、もし、加入者の体に疾患があれば入れないことを説明し、「これまで大きな病気や怪我で入院したり、お医者さんから何か治療が必要だと言われたことはありませんか」と尋ねた。原告洋子は、平成四年八月一日、美樹夫を保険契約者とする富国生命の生命保険に入っており、その時の経験等から本件共済契約にも告知義務のあることは知っており(原告洋子尋問調書三六頁)、高橋もそのように受け取った。原告洋子は、本件共済契約を締結するか否かは家族と相談したいと述べたので、高橋は、申込書四部(乙八号証と同じもの)とパンフレットを渡した。右申込書の裏面には、本件告知義務の存在を前提に、健康状態についての質問欄があった。
(二) 原告洋子は、本件共済契約の内容を検討の上、本件共済契約を締結することにし、平成六年一月一三日、高橋と会った。高橋は、その際、原告洋子に対し、再度共済契約の内容を説明し、美樹夫の病気、入院歴等について確認し、申込みを受け付けた。
4 以上の認定事実を前提に本件を検討するに、高橋が原告洋子に対し、本件告知義務の存在を説明しなかったとの主張は採用できない。また、高橋は、原告洋子に対し、前記認定のとおり「これまで大きな病気や怪我で入院したり、お医者さんから何か治療が必要だと言われたことはありませんか」と具体的に質問しており、原告洋子もこれまでの生命保険加入経験に照らし告知義務の存在を認識できたというのであるから、高橋の説明から、原告洋子は本件告知義務の内容を具体的に認識できなかったとの原告らの主張は採用することができない。なお、原告らは、加入者である美樹夫本人に対しても、告知義務の内容を記載した書面を予め交付するなどして告知義務の存在及び内容を知らせなければならないと主張するが、美樹夫は原告洋子を代理人として本件共済契約を締結しているのだから、原告洋子に告知義務の存在、内容を知らせておけば十分であり、この点の原告らの主張は独自の見解であり採用することができない。
以上のとおり、原告洋子は、本件共済契約締結に際し、本件告知義務の存在、内容を知っていたと認めるのが相当であり、その前提のもとに、次の争点(告知義務違反の存否)について判断することにする。
二 告知義務違反の存否
1 告知義務の対象となる疾病
前記一1のとおり、本件共済契約では、加入時前五年間に疾病した病名を、被告に対し、告知すべきものとされている。ここにいう「疾病」とは、すべての病気を含む趣旨とは考えられない。それでは、どのような「疾病」がその対象になるのかが問題となる。この点の手がかりとなるのは、本件共済契約の申込書(乙八)の裏面の健康状態の質問欄の記載である。その記載によれば、次の疾病により、最近一年間に医師の治療を受けている、又は、最近一年間に治療を要すると診断されている場合には、その旨申し出るようにとされている。そして、その疾病の例として、「ア新生物(ガン、腫瘍、肉腫、筋腫、白血病など)、イ糖尿病、ウ心疾患(心臓病など、高血圧を含む)、エ脳血管疾患(脳出血、脳血栓症、脳軟化など)、オ消化性かいよう(胃、十二指腸かいようなど)、カ肝臓病、膵臓病、キ胃炎、ネフローゼ、ク肺疾患(肺炎、肺結核など)、ケ精神病及びアルコール中毒(精神分裂症など)コ骨髄及び神経の疾患(骨髄炎、髄膜炎、脳性麻痺など)、サ血管及び血液の疾患(血友病、脾臓の疾患、動脈硬化症、動脈瘤、血栓症など)」が挙げられている。また、高橋が原告洋子に告げた内容である「これまで大きな病気や怪我で入院したり、お医者さんから何か治療が必要だと言われたことはありませんか」という質問内容も一つの手がかりとなる。これらの事情を考慮すると、告知の対象となる「疾病」とは、被告がその事実を知っていれば契約を締結しないと客観的に認められるような加入者の危険を予測する上で重要なものをいうと解するのが相当である。そして、本件共済契約申込書の裏面に書かれていた前記疾病例で、加入時前一年間のうちに医師の治療を受け、又は、治療を要するとの診断を受けた場合には、特段の事情がない限り、前記疾病例は告知の対象となる「疾病」に当たると解するのが相当である。以上の判断基準を前提に、本件について、更に検討を進めることにする。
2 美樹夫の疾病状況
証拠(甲一三、証人西恵吾)及び弁論の全趣旨によれば、美樹夫の疾病の状況は、次のとおりであったと認められる。
(一) 美樹夫は、平成五年一一月五日、昨晩から上腹部の強い痛みが続いたため、西クリニックを訪れた。診察に当たった西医師は、上腹部の圧痛を認め、膵炎を疑い、アミラーゼの検査を行った。
(二) 一一月六日に美樹夫のアミラーゼ検査の結果が出た。その検査結果によれば、尿中のアミラーゼ値が一万七二一一(正常値九六〇以下)、血液中のそれは一二九九(正常値六〇ないし一八五)と非常に高い値が出、西医師は、膵炎と判断した。西医師は、余程のことがない限り患者宅に電話連絡することはないのだが、膵炎から急性膵壊死を起こすおそれもあったため、美樹夫宅へ直接電話した。美樹夫宅では、同人は不在で、同人妻又は娘が電話に出た。西医師は、美樹夫の妻である原告洋子又は娘に対し、美樹夫が膵炎であること、更に内視鏡、超音波、CTの精密検査が必要であること、薬を早急に飲ませる必要があるのですぐ薬を取りにくること、翌七日の結婚式の出席は控えた方が望ましいこと、翌七日に診察を受けに来ることを伝えた。
(三) 美樹夫の家族の者が、一一月六日、西クリニックに膵炎の薬を取りに行った。しかし、美樹夫は、一一月七日に来院しなかった。そこで、西クリニックの医師は、一一月七日に、美樹夫宅に電話し、診察に来るように指示したところ、電話に出た美樹夫の息子の話では、結婚式に出かけ留守とのことであった。そこで、医師は、美樹夫の息子に対し、明日(八日)は必ず通院するよう美樹夫に伝えてほしいと述べた。
(四) 美樹夫は、一一月八日、西医師の診察を受けた。西医師は、美樹夫に対し、触診で膵臓の辺りに強い圧痛があることを確認の上、膵炎に罹患していることを告げた。そして、西医師は、岐阜へ出張が入っているため近日中に通院できないと言う美樹夫に対し、脂肪食、アルコール、過労を控えるよう指示し、二週間分の薬を出すとともに、一一月一七日の内視鏡、超音波の精密検査の予約をさせ、治療が必要であると説明したが、美樹夫は一七日には来院しなかった。
(五) 原告洋子は、一一月八日ころには、美樹夫及びその娘らからの話で、検査、診察の結果、西医師から、美樹夫が膵炎に罹患し、内視鏡、超音波の精密検査が必要で、治療しなければならないと言われていることを知っていた。
(六) 美樹夫は、平成六年八月四日、吐き気、右季肋部痛で、西クリニックを訪れ、膵炎の薬をもらって帰った。膵炎を疑った西医師は、次回にアミラーゼ検査を予定していたが、美樹夫が来院しなかったために検査は実施されないまま終わった。更に、美樹夫は、平成七年五月七日、西クリニックを訪れた。この際のアミラーゼ検査の結果は、尿中のアミラーゼ値が三万七三〇、血液中のそれは二三一三と、平成五年一一月の結果を大幅に上回るものであった。そして、美樹夫は、超音波検査の結果、転移性肝癌が発症しており、膵臓の状況は見ることができない状況であった。こうして、美樹夫は、平成七年八月一八日死亡した。
3 美樹夫の膵炎は告知の対象となる疾病か
前記1、2によれば、本件共済契約締結前一年以内に膵炎に罹患したことは、特段の事情ない限り、告知の対象となる疾病であるところ、美樹夫の膵炎は西医師がわざわざ電話を架けて心配するほどのものであり、しかも本件共済契約締結の約三か月前の出来事であり、高橋も右事実を告げられていたら本件共済契約は締結しなかったであろうと述べていること(証人高橋)などを考慮すると、美樹夫の膵炎は告知の対象となる疾病であると認定するのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠は存在しない。
4 本件告知義務違反の有無
(一) 証拠(乙九、証人高橋)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
前記一3のとおり、高橋は、本件共済契約締結に先だって、美樹夫の代理人である原告洋子に対し、美樹夫の健康状態について、「これまで大きな病気や怪我で入院したり、お医者さんから何か治療が必要だと言われたことはありませんか」と質問した。これに対し、原告洋子は、前記二2のとおり、美樹夫が膵炎に罹患し、西医師から精密検査、治療を指示されていることを知りながら、高橋に対し、「風邪で医者にかかった以外は、眼科と歯科にかかったくらいで他は一切ない」と答えた。
(二) 右認定事実によれば、美樹夫の代理人である原告洋子は、告知の対象である美樹夫の膵炎罹患の事実を故意に被告に告げなかったと認めるのが相当であり、右判断を左右するに足りる証拠は存在しない。
三 小括
以上によれば、美樹夫の代理人である原告洋子が本件共済契約締結に当たり、美樹夫の膵炎を告知しなかったことは、本件告知義務違反に当たると解するのが相当であり、これを理由に、本件共済契約を解除し、原告らの給付金請求を拒絶する被告の態度は正当であると評価することができる。
第四結論
以上から明らかなとおり、原告らの本訴請求は理由がないので、これを棄却することにする。
(裁判官 難波孝一)